幸先彩咲-サイサキサイサク-

煌めき纏う日々へ向かうために。思ったこと・気になること・体験したこと徒然なるままに。

表現するということ

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おうし座的観点からすると、物質主義といいますか、

目に見るものの価値の方が、「ある」と実感できるところがありました。

 

だから、

過去にやっていた小説・詩のサイトも、めっきり更新しなくなった小説のサイトも

消してしまったブログも(いくつあったかな。2~3個?)

デリートしてしまえば消えるんだなーと。

あれだけ時間を費やしたものもボタン1つで消えるんだなと思ってました。

 

すぐ消えるものに取り組む価値って、そんなに感じられなくて

やめました。

 

でも、小説や詩、イラストや漫画、色鉛筆画やブログが好きだったときって

すごく表現すること好きだったんですよね。

書かずにはいられない。もっと書きたい。時間を費やしたい。

そう思えてました。

 

消してしまってからはめっきり、表現に対する意欲が減退しましたが、

今も書き始めたら、色々と書きたい話がある!

と、なりました。

 

一番最初は何を書けばいいか、何が書きたいか

なんて、まるでなかったのに。

 

やっぱり表現って

日々の積み重ねなのでしょうね。

上達への道だけでなく、続けたくなるかどうかも含めて。

 

表現って中毒性が高いのかな。

人間って自分の話を聴いてもらうの好きだし、そんな感じ?

もっと私の表現を見てよ!的な。

 

あと人間って一生の間に本を出したいってなる人がほとんど(多い?)って

学生の頃、どこかで読みましたねえ。

本を出して、表現したい!ってことですよね。

 

話が逸れましたが、

表現スイッチが入れば、様々なものが表現する対象になって

表現する意欲が沸くんです。

何も書きたいことがない状態から、あれもこれも!!ってなるし。

 

ただ食べるだけの行為だって、

写真を撮って、味をみて、文章を考えるようになりますものね。

 

ひとまず、思うのは

昨年消してしまったブログとっておけばよかったなーと。

断捨離早すぎましたえーん

 

自分でも読み返して知りたい、

本や漫画のタイトルが、そこにはあったというのに汗